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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)826号 判決 1956年9月26日

控訴人 末木栄蔵

被控訴人 美美建設株式会社

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取り消す、被控訴人の申立はこれを却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、疎明方法の提出援用認否は後記のとおり附加するほか原判決事実らんに記載されたとおりであるからここにこれを引用する。

(控訴代理人の当審における主張)

控訴人が本件仮処分債権者として訴外太田芳二に対して占有移転禁止の仮処分を執行したのは昭和二十二年七月十日であるが、右太田は右仮処分命令の現状不変更の条件に違反したため執行吏の点検により使用禁止(いわゆる明渡断行)を受けたのは昭和二十四年九月十二日である。従つて右明渡断行後の昭和二十五年五月二十九日被控訴人と太田との間に被控訴人主張のような調停が成立しても、これにもとずき同日被控訴人が太田から現実に本件店舖の引渡を受けてこれを占有するということはあり得ない。けだし占有権は物を所持する事実に附せられた法律効果であつて、使用収益をすべき本権とは別個のものであるからである。従つて執行吏の明渡断行により本件店舖より退去せしめられた太田は右明渡断行(一点の遺留品なく明渡した)と同時に物の所持を失い占有権は完全に消滅したものとみるべきであつて、原判決のいうように「仮処分手続により規整せられた状態における物権」が残存するものではない。故に仮処分断行後の昭和二十五年五月二十九日に被控訴人が太田から現実に本件店舖の引渡を受け、またそれによつて占有権を取得したことを前提とする被控訴人の主張は失当である。

(被控訴代理人の当審における主張)

元来仮処分は終局において執行の保全たるにすぎない性格のものであるから、理論上本来の強制執行に着手し得る債務名義を取得するまでの暫定的効力を有するにすぎず、従つて保全処分の執行には決して執行の終了ということはあり得ない。このことは控訴人主張のような仮処分の点検による使用禁止(いわゆる明渡断行)の如く実質上執行終了の外形を呈する場合においても異ならない。また、なるほど仮処分が執行されればその目的物の任意処分は禁ぜられるが決してこれを無効ならしめるものではなく、単に仮処分の目的の範囲内において仮処分債権者に対抗し得ないに止まる。従つて仮処分執行後といえどもその目的物につき物権を取得するを妨げない。ただそれは仮処分の対抗を受け、その効力を制限せられ、いわば仮処分手続における訴訟状態の反映附着した物権を取得するものであるから、その物権と同時に仮処分債務者たる地位をもあわせて承継するものと解すべきである。従つて本件仮処分債務者である太田においてその仮処分執行後、控訴人主張のように仮処分点検執行により本件店舖の使用を禁止された事実があつても、それにより右太田は本件店舖の共同事業契約又は賃貸借契約にもとずく占有権を喪失したものではなく、執行吏による公法上の占有、(しかも暫定的な)による制限を受けた本権及び占有権を有するものであるから、被控訴会社がその後昭和二十五年五月二十九日にいたり共同事業契約の合意解除により右太田から本件店舖の右状態における占有権を承継取得することができ、あわせて仮処分債務者たる地位をも承継し得ることは明らかである。かく解することは訴訟承継を一般に認める民事訴訟法の当然の帰結であり、かつ実体法上の法律関係の変動を生ずるところ必らずこれに応じて訴訟法上の法律関係の変動を認めようとする訴訟法の理想にも合するのである。本件において被控訴人は、仮処分命令後に生じた事情の変更を別個の手続で主張し、命令の存続を排除しようとするものであるから、仮処分執行後の本件店舖占有権の特定承継人である被控訴人はその実体法上の利益を主張する形式としての仮処分取消申立を本来の仮処分債務者の承継人として直接にし得るものである。なお被控訴人は本件においてあらたに次の事由を本件仮処分取消の事由として選択的に併合して主張する。すなわち従前主張のような事実関係において被控訴人は昭和二十五年五月二十九日太田との間の本件店舖に関する共同事業契約を合意解除し、太田に対し右解除にもとずく店舖明渡請求権を取得したところ、太田は控訴人に対し従来被控訴人主張のような事情変更による仮処分取消権を有するにかかわらず自ら右取消申立をしない。よつて被控訴人は右太田に対する本件店舖明渡請求権を保全するため民法第四百二十三条により太田に代位し同人に属する本件仮処分取消申立権を行使する。

理由

控訴人が被控訴人(もと商号を美美産業株式会社と称し、昭和二十二年十一月十五日これを株式会社美美と変更し、さらに昭和二十五年八月三十日現商号に変更した)及び太田芳二を債務者として東京地方裁判所に対し原判決添附別紙物件目録記載の建物二棟(以下本件建物という)について仮処分を申請(同庁昭和二十二年(ヨ)第六一一号不動産仮処分申請事件)、同裁判所は昭和二十二年七月四日「債務者太田芳二の本件建物(一)二階十三坪五合(以下本件店舖という)に対する占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる、執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者太田にその使用を許さなければならない。この場合においては執行吏はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者太田はこの占有を他人に移転し又は占有名義を変更してはならない。債務者被控訴人はその所有にかかる本件建物に対し、譲渡質権抵当権又は賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない」との趣旨の仮処分決定をしその執行がなされたこと、控訴人の右仮処分申請の理由とするところは本件建物は控訴人の所有であるが被控訴人はこれを自己の所有であるとして占有し、右太田はそのうち本件店舖を何らの権原なく占有しているので、控訴人は同人らに対し所有権移転登記手続、家屋明渡並びに損害賠償請求等の訴を提起すべく準備中であり、その執行を保全する必要があるというにあること、右仮処分執行中の昭和二十四年九月十二日執行吏は本件店舖を点検した結果仮処分債務者太田において現状を変更したものとしてその使用を禁止しこれを執行吏の直接保管としたことは、すべて本件当事者間に争がない。

被控訴人は本件において控訴人の右太田に対する前記仮処分の取消を求めるものであるところ、従来被控訴人は、その後被控訴人は太田から本件店舖の引渡を受けてこれが占有権を取得するとともに右仮処分における仮処分債務者たる太田の地位を承継取得したとして、自ら直接に仮処分債権者たる控訴人に対し、事情変更を理由としてこれが取消を求める旨主張したが、当審においては、あらたに、被控訴人は右太田から本件店舖の引渡を受けるべき請求権を取得し、この請求権を保全するため太田に代位し、太田が控訴人に対して有する事情変更による仮処分取消申立権を行使するとの主張を選択的に併合して主張する。

この当審における主張は時機に後れた攻撃方法たることは免れないが、その内容はすべて従来の訴訟資料の範囲に含まれるものであることは明白であり、これがため訴訟の完結をいちじるしく遅延せしめるものとは認められず、かつ控訴人においてもこの点につきかくべつ異議あるものでもないから、この主張は許すべきものである。そして被控訴人はこの主張を従来の主張と選択的に併合して主張するものであるから、当裁判所はまずこの当審において附加された代位による取消の主張にもとずいて判断する。

原審における被控訴会社代表者棚橋清一郎尋問の結果により真正に成立したものと認めるべき甲第五号証の一、二成立に争ない同号証の三、当裁判所が真正に成立したものと認める同第七号証の各記載に右被控訴会社代表者尋問の結果をあわせると、太田芳二は昭和二十二年三月十五日被控訴人との間に成立した飲食店共同契約にもとずき本件店舖において喫茶店を経営するためこれを占有するにいたつたが(右契約は昭和二十三年一月二十日更新された)、昭和二十五年五月二十九日被控訴人と太田との間の東京簡易裁判所昭和二十五年(二)第三〇三号家屋明渡調停事件において当事者間に、右共同契約を合意解除の上太田は即日被控訴人に対し本件店舖を明け渡す旨の調停が成立したことをいちおう認めるに足り、右認定をくつがえすべき疎明はない。右事実によれば被控訴人は右調停により太田に対し本件店舖の明渡を受けるべき請求権を取得したことは明らかであるが、本件店舖はすでに当時占有移転禁止の仮処分を受けていたのみでなく、現状変更を理由として太田は執行吏からその使用を禁止され執行吏の直接保管となつていたこと前記のとおりであるから、被控訴人は太田に対する本件店舖明渡請求権を行使してその占有を取得するに由なく、仮りに事実上明渡を受けてもこれをもつて仮処分債権者たる控訴人に対抗し得ない関係にあるものといわなければならない。すなわち本件仮処分の存する限り被控訴人は太田に対する右明渡請求権を完全に実現することを得ない筋合のものと認めるべきものである。

しかるに控訴人から被控訴人及び太田を債務者とする本件仮処分の本案訴訟である東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第三一四八号所有権移転登記、家屋明渡並びに損害賠償等請求事件及びこれと表裏の関係にある被控訴人を原告とし控訴人を被告とする同庁昭和二十二年(ワ)第九三〇号借地権及び所有権確認請求事件の併合事件において、まず控訴人の太田に対する右訴は昭和二十八年九月十八日の口頭弁論期日において控訴人においてこれを取下げ、次いで控訴人と被控訴人間の右併合事件につき同裁判所は昭和二十九年十月六日本件建物が被控訴人の所有に属することを確認するとともに控訴人の請求を棄却したことは当事者間に争ない。

控訴人が右敗訴の判決に対し、控訴し現に控訴審たる当裁判所(第三民事部)に当庁昭和二十九年(ネ)第二一六三号借地権確認等控訴事件として係属中であることは被控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきところ、成立に争ない甲第十一号証の一(右併合事件第一審判決)乙第一号証の一ないし四(右事件の控訴審における控訴人の準備書面二通、証拠申請書、控訴人申出証人星野英一尋問速記録)をあわせ検討すれば、右本案併合事件の第一審判決は当事者双方の主張立証にもとずき慎重に審理を尽した末、明確な判断によつて本件建物が被控訴人の所有であることを確認するとともに、これが控訴人の所有であることを前提とする控訴人の請求を棄却したものであることをうかがうに足り、その控訴審における控訴人の主張立証によつては、少くとも控訴人が疎明する限度においては、他に特段の事情のない限り、たやすく取り消されるようなおそれはないと、いちおう認められる(控訴人援用の乙第一号証の四によるも、控訴人申出の証人星野は概して控訴人に友好的でむしろ被控訴人に対しては叛旗をひるがえした形でありながら、なお控訴代理人の主尋問においてさえ、かんじんの本件建物の帰属については必ずしも控訴人の主張にそう供述をせず、かえつて被控訴人の所有たることを肯認するが如き供述をしていることがうかがわれる)。控訴人の太田に対する本件仮処分における被保全権利は前記のとおり被控訴人に対する仮処分のそれと同じく、本件建物が控訴人の所有であることを前提とし、その物上請求権にもとずく太田に対する明渡請求権であるから、すでに控訴人と被控訴人との間に本件建物が控訴人に属しないとの理由で控訴人敗訴の判決があり、その判決は容易には変更されないという事情は、太田に対する関係においても、その仮処分決定にあたつて疎明ありとされた事実と相容れない事実(本件建物の所有権が控訴人にあるとはいえない事実)の存在を推測させるに至つたものというべく、これと前記のとおり控訴人の太田に対する訴は取下により終了したこと及び今日にいたるまで控訴人が再度太田に対して本案訴訟を提起したことの認むべきものがないことと相まつて、本件においては控訴人の太田に対する仮処分決定につきこれを取り消すべき事情の変更があるものとするに足りる。すなわち太田は自らかかる事由にもとずき控訴人に対し本件仮処分の取消を求め得べきものというべきである。

しかるに太田は自ら控訴人に対し右事由を事由とする仮処分取消申立をしないことは本件弁論の全趣旨から明らかである。もつとも成立に争ない乙第二、第三号証によればすでに太田は控訴人に対し仮処分取消申立をし、「第一、二審においていずれも敗訴したことがうかがわれるが、右申立は同じく事情変更による取消申立ではあるが本件におけると異なり、たんに前記被控訴人との間の調停の成立によりすでに仮処分債権者たる控訴人の執行を妨げるおそれはなくなつたというに止まること右乙第二、第三号証から明らかであり、たとえこの事由にもとずく申立が排斥されたとしても、これとは別個の、その後に生じた事由をもつて事情変更ありとするには妨げなく、あたらしい事情変更のある限りそれにもとずく仮処分取消申立は許されるべきものであるから、さきに太田が仮処分取消申立権を行使したことは、なんら本件の事由にもとずく取消申立に影響あるものではない。

そして本件仮処分のある限り被控訴人は太田に対する本件店舖の明渡請求権を実現し得ないこと前記のとおりであるから、被控訴人は右請求権を保全するため太田の控訴人に対する仮処分取消申立を代位行使し得べきこと明らかである。

しからば被控訴人の本件申立は被控訴人の他の事由についての判断をするまでもなく正当として認容すべく、控訴人の太田に対する本件仮処分はこれを取り消すべきものである。原判決はこれとその理由において異なるが、控訴人の申立を認容した点において結局相当であるから、本件控訴は理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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